映画を観て、想うこと。

『千と千尋の神隠し』を観て。

千と千尋の神隠し2001
題】Spirited Away
【監督】宮崎 駿

 

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「ここで働かせてください!」

 

両親と新しい土地に引っ越してきた萩野千尋は、父親の運転する車で新居へ向かう道中、森の中でトンネルに行き着く。不安がり引き返そうと促す千尋をよそ眼に、興味津々な両親はどんどんそのトンネルを進んでいく。しかし、そのトンネルは異世界へと通じる入り口であり、千尋たちが迷い込んだのは八百万(やおよろず)の神々が疲れを癒しに訪れる湯屋とそこを切り盛りする湯婆婆が支配する世界だった。仕事を持たないものは動物に変えられてしまうその世界で、千尋は出会う人々の助けを借りながら困難を乗り越えていく。

 

「ふん、「千尋」というのかい?」

「はい。」

「贅沢な名だね。今からお前の名は「千」だ。」

 

2001年に公開されてから実に19年もの間、日本国内の映画興行収入歴代1位の座に君臨し続けたこのアニメーション映画は昨年、ついにその座を別の作品に引き継いだ。別の作品に抜かれたというニュースを聞き、当初は残念に思う気持ちが拭えなかったが、19年もの間この作品の興行収入を抜ける映画が出てこなかったという事実を考えれば、この王座交代劇はある意味嬉しいニュースだろう。しかも、抜いたのもまた日本のアニメーション映画、子供にも大人にも愛されている作品である証拠だろう。

 

小学生だった20年前、初めて本作を映画館で観たときの奇妙な感情は今でも忘れられない。それまで観てきたジブリ映画のイメージを裏切り、本作は自分の中で「恐ろしい」映画の印象が強かった(そもそもタイトルに「神隠し」と入っている時点で只ならぬ感はしていた)。自分と歳がそんなに変わらない少女が見知らぬ世界に迷い込み、頼れる両親と逸れ、掟のわからない集団の中で自分の存在意義を示しながらもがく姿に、「もし自分だったら・・・」と映画館を出てからもしばらくこの映画のことが頭から離れなかった。この映画の何がそんなにすごかったのか。恐らく自分と同じような感覚を持った人が多かったのだと思う。

 

「あなたは来たところに帰った方がいいよ。私が欲しいものはあなたには絶対出せない。」

 

観たあとしばらく頭から離れない、これは子供だけでなく、大人もそうだったのだろう。なぜか?千尋が直面する状況は、小さい子供から大人まで、しかも万国共通で、人々がそれぞれのライフステージで直面していることなのだ。進学、転校、留学、引っ越し、就職、転勤、慣れ親しんだ環境から離れ/離され、突然よそ者になってしまう。世の中は必ずしも良心で溢れているわけではなく、むしろ辛辣で厳しく、冷たい一面もある。手を差し伸べてくれる親切な人ばかりではなく、不安な思いや恐い目に会うこともある。それでも乗り越えなければならない理由がある(千尋の場合、両親と元の世界に戻ること)。

 

本作の主人公・千尋は、物語の冒頭ではとても頼りない女の子だが、決して逃げず、周囲を観察しつつ順応し、物語が進むにつれ自らも周囲に影響を与える存在になっていく。困難の中で希望を見出していく彼女の姿は逞しく、「カッコいい・・・」と羨望の眼差しを送った人は多かったのではないか。この逞しさ、他のジブリ映画に登場するヒロイン(『風の谷のナウシカ』のナウシカ然り、『天空の城ラピュタ』のシータしかり、『魔女の宅急便』のキキ然り)には初めから備わっているものだが、本作は初めて「ヒロインにその逞しさが宿る過程」を見せてくれている。逞しさには魅力が宿る。映画の最初と最後で、千尋の表情は全く違うように描かれている。ちゃんとジブリ映画の魅力的なヒロインになっている。本作は苦境が人を成長させる様子を描いた物語なのだ。

 

「一度会ったことは忘れないものさ。思い出せないだけで。」

 

万人に受け入れられたと言っても、本作はやはり子供たちに向けた教訓が詰め込まれている。子供に観て何かを感じてほしい映画だ。本作でもう一つ気づいたのは礼儀作法や挨拶に関するセリフが多く、会釈やお辞儀のシーンがたくさん出てくるということだ。子供たちに待ち受けている次から次へと訪れる試練。その時に何が大切なのか、どう振る舞うべきなのか、そういった教訓を身に着けて、千尋のように少しずつ逞しくなっていってほしい。そんな願いが込められているように感じた。できない子供はいない、知らないだけ/気づいていないだけ/教えてもらっていないだけ。みんな千尋のように言えばわかる子、やればできる子に違いない。

 

「私の本当の名前は「千尋」っていうんです。」

千尋、良い名だね。自分の名前を大事にね。」

 

子供にも大人にも等しく響く、生きていく上での真理を示してくれる名作。逞しさは困難なくしては身につかない、困難に直面している人は逞しくなるチャンスにも直面しているのだ。

 

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さて、次は何観ようかな。