映画を観て、想うこと。

『Dan Carter: A Perfect 10』を観て。

『Dan Carter: A Perfect 10』 2019
【監督】ルーク・メローズ(Luke Mellows)

 

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“In my eyes, he’s the best rugby player ever.”
「彼は史上最高のラグビー選手だと、私は思います。」

 

ダン・カーター(本名:Daniel William Carter、通称:DC)、ニュージーランド・サウスブリッジ出身のラグビー選手。世界年間最優秀選手を3度受賞し、テストマッチ最多得点の世界記録を保持する、誰もが認めるラグビー界のレジェンド。本作はそんな彼のラグビー人生を追った自伝的ドキュメンタリー映画。彼自身、彼の家族、監督・コーチ、チームメイトのインタビューを交え、生ける伝説の伝説たる所以を繙(ひもと)く一作。

 

“He wins things. People want to be around winners and Dan Carter knew the power of winning.”
「彼は物事を勝ち取ります。人は勝者のそばに寄り添いたがるもので、ダン・カーターは勝つことの力を知っていました。」

 

ラグビーにあまり詳しくない人でも、名前くらいは聞いたことがあるのではないだろうか。もし「え?誰?」となっている人がいたら、この人のことは是非知っておいてほしい。ラグビー経験者で「ダン・カーター」の名前を知らない人は恐らくいないだろう、ワールドクラスのスタンドオフ(ポジション名、背番号10番)である。先日(2021年2月20日)引退を表明した彼は日本のチーム(トップリーグ神戸製鋼コベルコスティーラーズ)でもプレーしたことのある選手で、間違いなくラグビーの歴史に名前を刻んだレジェンド、サッカーでいうマラドーナやメッシ、バスケでいうマイケル・ジョーダンのような存在なのだ。母国ニュージーランドでは英雄的存在だろう(日本人にとってのイチローといったところか)。

 

“People look at Daniel and they see class and they see talent but I don’t think they always see the hard work that goes in behind the scenes.”
「人々がダニエルを見るとき、気品と才能が目に留まりますが、彼の影でのハードワークは見逃してしまいがちです。」

 

ドキュメンタリーの良いところは、特定のテーマや人物の「知られざる一面」に触れることができる点だろう。ダン・カーターが引退すると聞き、無性に彼の人隣りが知りたくなった。彼はどんな人間なのだろう。なぜ史上最高の10番(ラグビーでは司令塔的な重要ポジション)の評価を得ているのだろう。本作を見て感じた彼に対する印象は、良い意味で、観る前と全く変わらなかった。ダン・カーターというラグビー界のヒーローは、思っていた通り、最高の技術と精神を持った一流のアスリートだった。

 

技術面で言えば、彼はラグビーという競技に必要とされるすべてのスキルのレベルが他の選手に比べ非常に高い。

【パス】味方に投げるパスは受け手が取りこぼさない位置に必ず放られ(パスミスしない)。

【キック】無駄な動きが一切ない洗練されたフォームで蹴り、宙に放たれボールは軌道が一切乱れない(精確なキック)。

【ラン】鋭いステップ、的確なランコース、ここぞという時の加速で相手ディフェンスを突破する(とにかく足が速い)し、タックルを受けても簡単にバランスを崩さない(体幹が強い)。

【ディフェンス・タックル】最後の最後まで敵にくらいつき(最後まであきらめない)、確実に相手を倒し敵のゲインを止める。

多芸多才な「ファンタジスタ」というより、堅実な「精密機械」という表現の方がしっくりくる(詳しくはYouTubeで彼のプレー動画を検索してみてほしい)。この特徴は間違いなく、長年の努力で培ったベーシックスキルであることを物語っている。彼は「努力の人」なのだ。

 

精神面において、何より説得力があったのは作中のインタビューで彼のことを語る人々の言葉だ。「謙虚」、「誠実」、「努力家」、「地に足のついた人」、子供たちにスポーツマンのお手本として示したくなるようなメンタリティを持った人物である。「不遇からのし上がった野心家」ではないし「幼少期から神童と呼ばれた天才」という訳でもない。むしろどちらかというと、(失礼かもしれないが)我々に近い存在に感じる。彼は決して順風満帆なラグビー人生を送ってきた訳ではない。ちゃんと挫折も経験し、大きな試練/ケガを乗り越え、ハードワークをして周りの信頼を勝ち取ってきている。「努力は実を結ぶ」を体現してくれている存在のようで、彼の存在そのものに我々は励まされているように感じる。

 

“The All Blacks to New Zealand is, it’s like the umbilical cord to every inhabitant inside it. The game is a big part of New Zealand’s identity. I think it helped put this country on the world map.”
ニュージーランドに住む人々にとってオールブラックスは、まさにへその緒のような存在なのです。ラグビーの試合はニュージーランドアイデンティティの大きな部分を占めます。この国が世界に認識してもらうきっかけとなったと思います。」

 

ラグビーをあまり見ない人でも、「オールブラックス」という名前は聞いたことがあるだろう。言わずと知れたラグビーニュージーランド代表の愛称である。漆黒のジャージに身を包み、試合前に「ハカ」(ニュージーランドの先住民、マオリの伝統舞踊)を行う姿は、2019年に日本で開催されたラグビーワールドカップのお陰で、日本人にも広く常識として浸透したと思う。本作はそんなラグビーワールドカップ最多優勝国(3回、南アフリカと最多タイ、2021年3月時点)であるニュージーランドラグビーの関係性を学ぶ上でも良い教材だ。日本と同じく孤立した島国であるニュージーランドにとって、ラグビーというスポーツは世界に自分たちの存在を示すアイデンティティとなっている。ニュージーランド人にとってラグビーは誇りなのだ。国の威信を背負うスポーツ「ラグビー」、その代表チーム・オールブラックスで司令塔の責任を背負ってきた「ダン・カーター」。大きな重圧の中でも、持ち前の堅実さで努力を続け、しっかりと結果を出してきているからこそ彼は「Perfect 10」なのだろう。

 

“One thing that I’ve learnt through playing for the All Blacks for so long is that no matter what you achieve, the team is always more important than the individual.”
「長い間オールブラックスでプレーしてきて学んだことは、自分が何を達成しようとも、チームが常に個人よりも重要だということです。」

 

ラグビーをあまり知らない人でも、この人だけは知っておいてほしい。ラグビー経験者であればこの映画は必見の一作です。本作、日本ではDAZN(ダゾーン)に加入すれば観られるようです(実際に手元にモノが欲しい筆者は海外からDVDを取り寄せてしまったとさ)。

 

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さて、次は何観ようかな。