映画を観て、想うこと。

『ノマドランド』を観て。

ノマドランド』 2021
【原題】Nomadland
【監督】クロエ・ジャオ(Chloe Zhao)

 

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“My mom says that you’re homeless. is that true?”
「お母さんが先生はホームレスだって言ってた、本当なの?」

“No, I’m not homeless. I’m just house-less. Not the same thing, right?”
「いいえ、ホームレスじゃないわ。私はハウスレスなの。ね、違うでしょ?」

 

アメリカ・ネバダ州の企業城下町・エンパイアで夫と暮らしていたファーン(フランシス・マクドーマンド)は、リーマンショックの影響で街を支えていた企業が倒産し、住む街を失ってしまう。夫とも死に別れた彼女は、最低限の家財道具を白いバン(車)に詰め込み、過酷な季節労働の現場を渡り歩きながら放浪生活を送ることを決意する。「現代のノマド(放浪の民)」として車上生活を送りながら同じ境遇のノマドたちとの交流を描く一作。

 

原作はノンフィクション本『ノマド:漂流する高齢労働者たち』。最近は日本でもよく耳にするようになった「ノマド」という言葉。元々の語源はフランス語で「遊牧民」や「放浪者」という意味らしく、日本ではインターネットを駆使して時間や場所にとらわれないで働く人々を指す「ノマドワーカー」という言葉が一般的に浸透している。パソコンやスマホを片手にカフェなどで働く彼らの姿から、本作を観るまでは「ノマド」という言葉にスタイリッシュで優雅なイメージを持っていたが、本作を観た後では実に真逆のイメージを抱くようになった。

 

“What’s remembered lives.”
「忘れ去られなければ生き続ける。」

 

家を持たず、車上生活をしながら各地を放浪する生き方は一見自由で開放的なイメージも持つが、本作に登場するノマドたちは自由を謳歌しているように見えて、どこかもの悲しい雰囲気も漂わせている。本作の主人公であるファーンをはじめ、本作に登場するノマドたちの多くは高齢者である。定職に付けないがために仕事のあるところに赴くことでしか生活していけない高齢者や、過去のトラウマから逃げるように自ら住む家を捨てることを決意した高齢者など、ノマドたちが旅をする目的は様々だが、高齢者の旅は若者の「自分探しの旅」とは訳が違う。ノマドたちの存在は、アメリカで社会問題になっている貧富の格差の一種の象徴でもある。

 

本作を観て、考えさせられたことがある。

自由って本当にいい物なのだろうか?

家を持つということは、その土地に縛られること。その不自由さと引き換えに我々の心は一定の安心感も得ているのではないか。例えば、「もう好きなようにしていいよ。どこに行ってもいいし、何してもいいよ。自由だよ。」と言われたら、どこか不安にならないだろうか。「自由」という概念には少なからず寂しさも付きまとう。人の中には自由を渇望する面と不自由も愛せる面が混在しているのではないか。そんなことを、本作で映し出される美しく雄大で物悲しい雰囲気が漂うアメリカの大地と、淡々と描かれるノマドたちの生活風景、そして主演のフランシス・マクドーマンドの素晴らしい演技から感じた。

 

“See you down the road.”
「道の先でまた会おう。」

 

本作に登場するノマドたちの挨拶。別れても、道は繋がっている。また旅路の途中で再開しよう。この挨拶がノマドたちにとって、寂しい自由の中で人と繋がっていることを確認する、一途の光なのかもしれない。

 

1年以上映画館に行けていなかった中、本作は久々に映画館で鑑賞することができた。観てから記事を書いている間に、気が付けば3回目の緊急事態宣言が発令され、気が付けば再び映画館に行けなくなり、気が付けば本作は第93回アカデミー賞で3部門(作品賞、監督賞、主演女優賞)を受賞していた。不自由な日々が続くが、タイミングよく観に行くことができた本作のお陰で、閉塞感たっぷりの日常に一瞬解放感を提供してくれた。

 

ただ、残念なことが一つだけ。映画館で映画を観るたびに買っていたパンフレットは今回購入できなかった(なんでも本作のパンフレットは販売中止となってしまったとのこと)。出演者や監督のインタビュー、コラムを読むのが楽しみの一つだっただけに少し残念だったが、こんなご時世に映画館に足を運んで観たというエピソードと、作品自体の重厚かつ雄大な印象のお陰で、自分の心の中で長らく生き続ける一作になると確信している。

 

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さて、次は何観ようかな。