映画を観て、想うこと。

『HOKUSAI』を観て。

HOKUSAI2020
【監督】橋本 一

 

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「お前は勝ち負けで絵を描いてるのか?お前は何のために絵を描いてる?」

 

町人の娯楽が不埒(ふらち)なものとして幕府から目をつけられていた時代、一人の絵師は葛藤の中にあった。絵に対する強烈なこだわりを持ち、兄弟子を殴って破門された彼の名は勝川春朗、後の葛飾北斎(青年・壮年期:柳楽優弥、老年期:田中泯)である。腕はあるが、絵を描く目的が定まっていないことを見透かされ、同じ時代に活躍した喜多川歌麿玉木宏)や東洲斎写楽浦上晟周)の才能に嫉妬心を抱いていた。そんな北斎の才能は稀代の版元(現代でいう出版社やプロデューサー的存在)・蔦屋重三郎阿部寛)に見出され、彼は遂に自分が「描きてぇ」と思えるもの、「波」に出会うのだった。

 

「ただ描きてぇと思ったもんを好きに描いただけだ。いらねんなら、そうと言ってくれ。」

「波か。面白れぇじゃねえか。」

 

誰もが一度は見たことがあるだろうあの有名な波の絵、『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』の作者が本作の主人公、葛飾北斎である。初めてあの絵を見たとき不思議でならなかった。写真がなかったあの当時、あんな一瞬の風景を一体どうやって描いたのだろうと。荒々しく覆いかぶさる波と静かに且つ勢いよくうねる波、それらの波に翻弄される船とその間から覗く小さくも強い存在感を放つ冨嶽(ふがく、富士山のこと)。もちろん見ながら描いたはずもなく、北斎は二度と出会えない美しく完璧なあの構図を一瞬の内に目に焼き付けたのだろう。見ながら描く能力よりも見たもの/見えたものを描く能力に優れた絵師だったに違いない。

 

「面白ぇもんは、誰が見たって面白ぇんだ。」

 

芸術であれ、趣味であれ、スポーツであれ、勉強であれ、何かに「没頭」したことがある人は強い。時間を忘れるほど、寝食を忘れるほど、何か一つのことに熱中した経験を持つ人の集中力の高さは何より強力な才能である。それと併せて、何か一つのことを「継続」する力もまた、喉から手が出るほど欲しい才能だと思う。平均寿命が40歳くらいだった時代で90歳まで大往生したのも、生涯で3万点もの作品を残すことができたのも、北斎がこの「没頭力」と「継続力」に秀でた人物だったからだろう。きっとどんな分野でも、大きく飛躍する人はこの2つの才能を持っているのだろう。

 

「まだまだ勝負してぇんだ。世の中とよ。」

 

アメリカのLIFE誌が発表した「この1000年で最も偉大な功績を残した100人」に唯一の日本人として選ばれている葛飾北斎。世界中の1000年の歴史を遡って100人しか選ばれない猛者の中で86位に食い込んだ彼は、もはや日本の北斎ではなく、世界のHOKUSAIまで登りつめたと言っても過言ではない、伝説の日本人だ。彼の絵は時代が変わっても色褪せることはなく、これからもずっと人々の心にインスピレーションという”The Great Wave”を巻き起こしてくれるだろう。面白ぇもんは、いつの時代でも、どこの国でも、誰にとっても面白ぇのだから。

 

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さて、次は何観ようかな。