映画を観て、想うこと。

『レヴェナント:蘇えりし者』を観て。

レヴェナント:蘇えりし者2015
【原題】The Revenant
【監督】アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥAlejandro González Iñárritu

 

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“What you holding to, Glass?”
「グラス、なぜ生にしがみつく?」

 

1823年、アメリカ西部の未開拓地をミズーリ川沿いに進行していた毛皮猟師の一団に現地ガイドとして息子と同行していたヒュー・グラス(レオナルド・ディカプリオ)は、見回り中に熊に襲われる。一命をとりとめたグラスだったが、瀕死の重傷を負ってしまう。一団を率いていたヘンリー隊長(ドーナル・グリーソン)は彼を抱えての山越えは不可能と判断し、彼を残していく苦渋の決断をする。グラスの最後を看取る仕事を報酬目当てで買って出たフィッツジェラルドトム・ハーディ)は、先住民の襲撃が迫る恐怖と隊との距離が離れていく焦りから、グラスの息子を殺し、グラスを地中に埋めて置き去りにする。しかし、虫の息だったグラスは怒りに取り憑かれ息を吹き返し、凄まじい生命力と復讐心でフィッツジェラルドを追跡するのだった。

 

“He’s afraid. He knows how far I came for him. Same as that elk when they get afraid, they run deep into the woods. I got him trapped. He just doesn’t know it yet.”
「奴は怯えてる。俺がずっと追ってきたことを知ってるから。恐怖を感じたものはヘラジカのように、森の奥深くに身を隠す。奴は罠にかかったことにまだ気付いていない。」

 

年明け早々、先輩に誘ってもらい山登りに行った。山の中、自然が発する音(風の音、枝葉が揺れる音、川のせせらぎ)と自分が発する音(上がった息、心臓の鼓動、自分の足音)以外、普段接する聴き慣れた音が一切聞こえない空間で、ふとこの映画のことを思い出した。誤解が無いように、決してそんな大変な山を登ったわけではない(汗)天気も晴れて風も無く、それほど厳しい寒さでもなかった。それでも、都会で生きていては決して感じることができない自然の清々しさに加え、どこか「怖い」という感覚も覚えた。地面に張り巡らされた木の根道が視界一体に広がっていることに気付いた時、計り知れない自然の生命力を感じ、怖くなった。この「自然が怖い」という新鮮な感覚がこの作品を想起させたのだと思う。家に帰り即鑑賞、大自然を満喫し尽くした一日となった。

 

“’All I had was that boy. And he took him away from me.”
「俺には息子が全てだった。奴はそれを奪ったんだ。」

 

非常にパワフルな本作が描くのは、雄大な自然の中で繰り広げられる壮絶なサバイバルと復讐劇。舞台は1823年、西部開拓期のアメリカで罠猟師による動物乱獲や毛皮の交易が盛んだった時代(日本だとちょうど勝海舟が生まれた年だ)、熊に襲われ生還した実在の人物ヒュー・グラスの伝説がベースとなっている。息子を殺した仇を追って、死の淵から蘇り、極寒の大地を這いつくばりながら進む姿、自然の脅威にも勝る怨念には震えあがってしまう(決して寒そうだからではない)。伝説となった由縁、グラスが熊(グリズリー)に襲われるシーンは、恐らく観る人にとって初めてとなる映画体験になるだろう。「人が熊に襲われるとこうなってしまうのか・・・」と、生々しく臨場感たっぷりにその獰猛な獣の恐ろしさを堪能できる。

 

息を呑むほどの自然の美しさを余すことなく捉えた本作を撮影するために、撮影クルーは過酷な大自然の中で9か月の長期間にわたるロケを敢行したとのこと。こだわられているのは「光」だ。全編に渡って太陽光と火による自然光だけを使って撮影されているということ。日照時間が短い期間では撮影も限られた短時間で行われ、制作にどれほどの手間と労力が割かれたかは想像に難くない。その甲斐あって、本作は大自然のありのままの美しさが凝縮され閉じ込められた作品になっている。セリフは比較的少なく、見どころはずばり自然と、それと格闘する役者の体当たりの演技と言えよう。

 

“I ain’t afraid to die anymore. I done it already.”
「死ぬのはもう怖くない。一度死んだ身だ。」

 

復讐が生むのは虚しさだけという、もはや聞き飽きてしまったような当たり前の教訓を、本作は印象的なラストで訴えかける。主人公ヒュー・グラスの顔がアップになり、彼の視線がスーッとこちらに向く。その瞬間、それまで怒りに満ちたギラギラした目の光が、フッと消える。この印象的な表情は、ここまでの壮絶な旅をしてきた後、燃え尽きた一人の男の虚しい結末を表現しており、ディカプリオの見事な演技に鳥肌が立ってしまった(決して寒そうだからではない)。「目の光」もまた、本作がこだわった自然光の一つだったように感じる。

 

本作でヒュー・グラスを演じたレオナルド・ディカプリオは、第88回アカデミー賞主演男優賞に輝いた。長いキャリアの中で実力をつけ、作品にも恵まれてきていながらも、アカデミー賞だけには縁の無かったディカプリオがやっと悲願の受賞を果たしたのが本作。アカデミー賞受賞式のスピーチ、限られた時間の中、言いたいことはたくさんあったであろうに、彼は一通り関係者への感謝の意を述べた後、地球が直面している環境問題について観客に訴えかける。そして、彼のスピーチはこう締めくくられる。

 

“Let us not take this planet for granted. I do not take tonight for granted. Thank you so very much.”
「この星がある事を当たり前と思わないようにしましょう。私も今夜のことを当たり前とは思いません。ありがとうございました。」

 

ずっと何を言おうか考えていたんだろうが、それにしても、カッコ良すぎる。インターネットで検索すれば授賞式の動画が出てくるので、是非2分強のスピーチを聞いてみていただきたい。

(あっ、それから、本作の音楽を手掛けたのは坂本龍一さんです(サラッとすぎてすいません))

 

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さて、次は何観ようかな。