映画を観て、想うこと。

『ジョーカー』を観て。

ジョーカー Joker, 2019
監督トッド・フィリップス(Todd Phillips) 

 

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“I used to think that my life was a tragedy, but now I realize, it’s a comedy.”
(「ずっと自分の人生は悲劇だと思っていたが、やっと気づいた、これは喜劇だ。」)

 

ゴッサム・シティ(架空の都市)は廃れていた。貧富の格差は広がり、富裕層の人々は弱者への共感を忘れ去り、貧困層の人々は暴力に訴えていた。そんな街に病を抱える母親と二人で暮らす大道芸人のアーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)もまた不遇の中にいた。母親の「人々を笑顔にする存在であり続けてほしい」という期待に使命感を持ち、スタンドアップコメディアンを夢見る彼に、現実は冷徹だった。思いやりや配慮が息絶えた街で、次々と不幸、不遇がアーサーに襲い掛かる。そして遂に、心優しいアーサーは悪のカリスマ”ジョーカー”へと覚醒していくのであった。

 

“You don’t listen, do you?”
(「あなたは何も聞いてないんだね。」)

 

人気アメコミヒーローであるバットマンの宿敵ジョーカーは、これまでもいくつかの映画で描かれてきたキャラクターではあるが、ジョーカー自身を主人公に置いてその起源に迫った作品は今作が初めてだ。バットマンの物語が、富者が正義感でヒーロー(バットマン)に転身していく物語なのに対し、ジョーカーの物語(本作)は貧者が絶望の淵で怪人(ジョーカー)に転身していく話。どちらも、環境や境遇が人間に与える影響による人の変貌を描いている。これらの物語はある意味、ゴッサム・シティという”街”の物語でもある。

 

ジョーカーとは不思議なキャラクターだ。これほど作品や演じる役者で特色が幅広く変わるキャラクターは他にいないと思う。アメコミを代表する「悪のカリスマ」を演じるのは映画作品では本作で4人目(ドラマ作品やアニメ作品の声優を除く)だが、どの作品においてもキャラクターの主軸となっている特徴が異なり、それぞれの役者は個性的な役作り(笑い方、仕草、セリフ)でジョーカーというキャラクターを築き上げている。過去の作品において(あくまで主観だが)、ジャック・ニコルソン(『バットマン』1989年)からは「怒り」、ヒース・レジャー(『ダークナイト』2008年)からは「狂気」、ジャレッド・レト(『スーサイド・スクワッド』2016年)からは「スタイリッシュさ」、そして今回ホアキン・フェニックスが演じたジョーカーからは「哀しみ」が伝わってきた。この特徴は、ジョーカーというキャラクターの代名詞である「笑う」という行為にすら現れている。苦しそうに笑う様子は観る側に不快な違和感を残す。ホアキン・フェニックスの体当たりの演技には胸を締め付けられ、目を背けたくなるほどの寒気を覚えた。ピエロのメイクに描かれる「涙」が一際印象に残るキャラクターになっている。

 

”Comedy is subjective.”
(「喜劇は主観だ。」)

 

悪役を主人公に据えているが、イメージとしては生まれつきの悪人が悪の階段を上っていったイメージではなく、善人が良心の階段を転がり落ちていったようなイメージの方がしっくりくる。そう、これは地球を征服しに来た宇宙人の話でも、街を牛耳るギャングのボスの話でも、地獄から人類を滅ぼしに来た悪魔の話でもない。人に親切にしてもらえず、信じていた人たちに裏切られ、社会にも見離された「一般人」の話だ。人の良心を、不遇や悪意が踏みにじると、どういう怪物が生まれるのか。「意外と簡単に現れますよ」、「場合によってはあなたの中にも出現しますよ」と言われてるような気がした。

 

また、彼の出現は防げた可能性もあった。彼が一度でも救われていたとしたら、一声でも優しい言葉がかけられていたとしたら、一人でも共感してくれる味方がいたら、一回でも彼にとって幸福な体験があったら、ジョーカーは誕生していなかっただろう。彼の存在を肯定する出来事がたったの一回も起こらないほど、今の世を生きる人々の心の中は不平、不満で溢れているのかもしれない。物事は(良いことも悪いことも)連鎖し循環すると思う。ジョーカーの存在は、悪循環が行き着いた終着点の一つの例示である。

 

“You wouldn’t get it.”
(「理解できないさ。」)

 

誰の心の中にもジョーカーは潜んでいる。皆さんの周りにもいませんか?笑い方が変な人。その人の中のジョーカーが目覚めちゃう前に、優しく声をかけてあげましょう。

 

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さて、次は何観ようかな。