映画を観て、想うこと。

『人生の特等席』を観て。

人生の特等席 Trouble with the Curve, 2012
監督:   ロバート・ロレンツ(Robert Lorenz)

 

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“You ever think about retirement?”
「引退を考えたことは?」

 

メジャーリーグアトランタ・ブレーブズの敏腕スカウトマンのガス・ロベル(クリント・イーストウッド)は仕事一筋人間。妻に先立たれ、一人娘のミッキー(エイミー・アダムス)とも疎遠になった彼にとって、仕事だけが生きがいである。そんな彼の身にも「老い」という影が射し始めていた。目が見えにくくなっていたのだ。ガスの異変を察知した同僚のピート(ジョン・グッドマン)は、ミッキーにこのことを相談する。昔から父親のスカウトの旅に同行していたミッキーは、父親譲りの鋭いスカウト眼を継承していた。最初は乗り気ではなかったミッキーは、開いてしまった父親との心の距離を縮めるべく、そしてガスの目となるべく、スカウトの旅に帯同するのだった。

 

“Don’t be afraid to walk away.”
「身を引く勇気も必要だ。」

 

監督も俳優もこなす映画界のレジェンド、クリント・イーストウッド。本作は彼にとって2008年公開の『グラン・トリノ』以来4年ぶりの出演作であり、1993年公開の『ザ・シークレット・サービス』以来9年ぶりの自身が監督を務めない作品に出演した作品である。当時82歳だった彼が挑んだのは、野球チームの老スカウトマンだ。同僚のスカウトマンがパソコンを駆使して選手を分析する中、彼はその様子を鼻で笑う。自身の脚で選手のもとに赴き、自身の目で選手を見極める。選手の投げる球がグローブに納まる音を自身の耳で聞き、選手と直接話して選手の心を読む。そんなガスの姿は、どんなにテクノロジーが進化しても人間が培ってきた経験値からくる感覚や勘に勝るものはない、そう信じさせてくれる。たとえ目が見えなくなっても、人間は目だけで物事を判断しているわけではない。あらゆる感覚がお互いを補い合って、データや数字には表れない真実を判断しているのだ。

 

本作でもう一つ注目すべきは、エイミー・アダムズが演じる老いた父親と向き合う娘ミッキーの姿だ。当たり前のことだが、よっぽどのことがない限り、子は老いていく親の姿を見守ることになる。色んなことが出来なくなる姿を子に見られる親の恐怖もさることながら、頼もしかった親が弱っていく姿を見る子の恐怖も相当なものである。ただ、これもまた子が成長するための試練なのかもしれない。幼少期は絶対的存在であった親の変わりゆく姿を見ることで、この世に絶対的存在なんてものはなく、誰もが自分と同じく弱みを抱えながらも必死に生きている/生きてきた人間なのだと気付かせてくれる。親が子に授ける最後の教訓なのかもしれない。

 

“I just didn’t want you to have life in the cheap seats.”
「三等席の人生なんか送らせたくなかったんだ。」

“They weren’t the cheap seats. Spending every waking moment with my dad watching baseball, eating food that was no good for me, playing pool, staying up too late, those were the best seats in the house.”
「三等席なんかじゃなかったわよ。寝起きからパパと野球観戦したことも、体に悪い食生活も、ビリヤードも、夜更かしも、全部人生の特等席だった。」

 

父ガスと娘ミッキーの作中の会話である。邦題にもなっている「特等席」はこの会話が元になっている。親子のすれ違いも描かれている本作、親はあらゆる形で子供のためを思い、物事を選択し行動するが、それが必ずしも子供のとって最善の選択とは限らない。

 

人生の席はランクで計るものではない。良い席に座っているからと言って、幸せとは限らない。良い席の定義が人それぞれ違うからだ。大切なのは、隣の席に誰が座っていてくれるかだろう。一緒に試合を観てくれる人がいることが幸福なことなのだ。

 

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さて、次は何観ようかな。